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新医師臨床研修制度の中での病理医の役割 -CPC研修-

平成16年度から新しくなった医師臨床研修制度では、臨床医療を行う全ての医師に卒業後2年間にわたり、プライマリ・ケアを身につけるための研修を求めています。その中で、CPC研修(CPCへの症例呈示とレポートの提出)が必修とされています。CPCは臨床-病理検討会(Clinico- Pathological Conference)と言って、患者さんの診療に当たっている臨床医と、病理診断を行う病理医が集まり、症例検討を行う会です。一人の医師が一生に出会う患者さんの数には限りがあります。その中で全ての疾患を経験できるわけではありません。しかし診たことのない病気だから診断も治療もできない、というのでは困ります。CPCは珍しい症例や教育的な示唆に富む症例を対象にして、出席者が一つの症例から多くを学び取ることを目的に昔から各病院で行われてきました。一方で、症例を呈示する主治医は、他の多くの出席者からの意見を聞き、診断や治療方針が適切であったのか厳しい評価をうけることになります。医学は患者さんから学ぶことを基本としています。医師は、自分が治してやるという驕った考え方ではなく、患者さんが治る手助けをしているという謙虚な気持ちで診療にあたらなければなりません。臨床研修のCPCでは病理解剖(剖検)例を対象としますので、検討される患者さんに直接役に立つことはありません。剖検例を検討するというのは、まさしく「患者さんから学ぶ」典型と言えるでしょう。


最近は画像診断の発達したことにより、わざわざ病理解剖をしなくても十分な診断が付けられている、と考える若い医師もいます。しかし、現在でも臨床診断と剖検診断が一致しない症例は12%もあるとされています。剖検で得られるのは画像に写るものだけを対象にしているわけではありませんし、顕微鏡で見て始めてわかる障害も少なくありません。疾患の中には、糖尿病のように全身に影響を及ぼす疾患もあります。また、人は一つの臓器で生きているわけではありませんから、例えば肝臓が悪くなると、それが腎臓に影響を及ぼしたり、心臓の具合が悪いための全身の臓器の循環が悪くなって障害が出てくるような場合もあるわけです。CPC研修は病理学の研修ではなく、一人の人間の全身臓器にみられる様々な病態をどのように考えるかを剖検の結果から学ぶためのものです。診療をしていると、どうしても主病変にだけ捉われがちですが、実は他の臓器障害が足を引っ張っていたということもあります。それに早く気が付いて適切な治療をしていれば死に至ることはなかったのではないか、そのために何をしたら良かったのか、なども振り返りながら検証していきます。わずかな症状の変化を見逃さない、あるいは変化を予測して検査計画を立て、治療を進めるのは、プライマリ・ケアとしても大切なことですし、このような検討の積み重ねが、次の患者さんの診療に役に立つことになります。


もう一つ別の側面として、CPC研修を通じて医師の倫理観や人間性を育てることができると考えられます。病理解剖は、病院で亡くなった方を対象として行われるものであり、司法解剖と違ってご遺族の承諾が必要です。患者さんが亡くなってから、なるべく早く開始するために、主治医は「我々の力が及ばず...」という死亡宣告の舌の根も乾かぬうちに、ご遺体を解剖させてほしい、とお願いしなければなりません。患者さんと向き合い、ご家族ともお話してきた主治医にとっても、大変に辛いことです。それを乗り越え、剖検を承諾して下さったご遺族の気持ちに応えるためにも、その剖検からできるだけ多くを学び取らなければならない、と考えます。このような経験は、医師として人を思いやる気持ち、さらに症例から学ぶ真摯な態度を育成することにつながるのです。


医師臨床研修で、研修病院の指定をうけるのに定期的なCPCが開催されていることが条件とされ、研修医にCPCでの症例呈示と、レポート作成が義務付けられたのは、大きな意義があります。十分なCPC研修を行うためには、毎年誕生する約8000名の研修医に対しての剖検例が必要ということになります。そのためには一般の方々の病理解剖に対するご理解が必要です。また全国で1900名しかいない病理専門医にとっても、多数の病理解剖を行い、CPCを通じて研修医を教育していくのは大変な負担であることは否めません。しかし、より良い臨床医を育て、日本の医療の質を高めるために、我々病理医は日夜努力を続けています。


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