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肺がんに対するPD-1/PD-L1阻害薬治療にかかる免疫組織化学への対応について

日本病理学会会員の皆様
肺がんの病理診断に関わる医療従事者の皆様
日本病理学会
PD-1/PD-L1ガイドライン委員会
松野吉宏、谷田部恭、森井英一
はじめに
 免疫チェックポイント阻害薬として、現在PD-1/PD-L1を標的にした薬剤が開発されています。複数の薬剤があり、それぞれの薬剤に対して異なる診断薬の開発が進んでいる上、それぞれ異なる診断基準が示されています。このような現状において、市販後の混乱や、不適正な病理判定に基づく誤った臨床判断を避ける意味からも、まずはこれまでの経緯や事実、問題点の所在や注意点、今後の見通し等を会員に共有していただくことが必要です。以下にその概要を整理いたしました。

1.免疫チェックポイント阻害薬への期待
 免疫チェックポイント機能を果たす分子を標的とする治療薬(免疫チェックポイント阻害薬、免疫分子標的治療薬などとも呼ばれます)、とくに代表的なリンパ球側分子やそのリガンド分子のひとつであるPD-1/PD-L1阻害治療薬は、日本国内でもすでに進行期メラノーマに対して薬事承認され、使用されているところです。これに加えて近年は肺がん(非小細胞癌)に対しても、メーカーの異なる複数の治療薬が海外で次々と開発され、それぞれ優れた有効性を示す治験成績が発表されました1)。奏効例では比較的長期にわたって効果が維持される傾向も示されており、新たな治療薬として多くの期待を集めているところです。
 日本国内では、先日(2015年12月17日付)その先陣を切って抗PD-1抗体治療薬のニボルマブ(オプジーボ?)が切除不能な進行・再発非小細胞癌患者に対する適応拡大が承認され、診療現場で適応患者への投与が認められました。
1)セカンドライン治療としてニボルマブの効果を検討した第III相ランダム化比較試験(標準であるドセタキセルを対照 と する)が、扁平上皮癌および非扁平上皮癌のそれぞれを対象に二つ行われ、いずれの患者群においても観察された全 生存期間はニボルマブがドセタキセルに勝るという結果が報告されました(扁平上皮癌では9.2か月 vs. 6か月*:非 扁平上皮癌では12.2か月 vs. 9.4か月**)。
* Brahmer J, et al., N Eng J Med 373:123-135, 2015.
** Borghaei H, et al., N Eng J Med 373:1627-1639, 2015.
2.肺がんに対するニボルマブ治療の効果予測のためのバイオマーカーPD-L1発現の免疫組織化学
 抗PD-1/PD-L1抗体治療においては、免疫組織化学染色(以下IHC)による腫瘍細胞のPD-L1発現が有効性予測ための有用なバイオマーカーである可能性が示されており、同治療を行うにあたっては対象となる肺がん組織に対してIHCを行って評価することにより有用な情報が得られる可能性があると考えられています。前出のニボルマブが承認される根拠となった治験のデータの解析から、ある特定の抗PD-L1抗体(クローン28-8抗体)を用いた特定の診断薬キット(Dako社製)を用いた場合、非扁平上皮癌の細胞表面のPD-L1抗原発現の割合は治療効果を予測するうえで有用なマーカーとなる可能性が示されました2)。
2)非扁平上皮癌に対するニボルマブの有効性を示した第III相ランダム化比較試験**では、抗PD-L1抗体としてクロ ーン28-8抗体を用いた診断薬キットを用いて登録患者の腫瘍細胞のPD-L1発現割合を調べ、それぞれ1%以上、5% 以上、10%以上陽性という3つの亜群にわけて解析すると、各亜群の全生存期間はそれぞれ17.2か 月、18.2か月、 19.4か月となっていました***。一方で、発現割合が1%未満の群においても、ニボルマブ投与によって対照治療である ドセタキセル投与とほぼ同等の効果が得られることも示されました。
***Luiz Paz-Ares. 2015 ASCO annual meeting, Abst. LBA109.
 さて、ここで二つの点に注意が必要です。
 ①現時点で、ニボルマブ治療の効果予測に有用なIHCマーカーである可能性が示されたエビデンスは、上記の28-8抗体を用いた特定の診断薬キットを用いた染色と、そこに定められた評価法を用いた場合の結果のみです。それ以外の抗体や検出系、評価法を用いた場合については後述のように染色性や結果が異なるため、同様な予測が可能か否かについて信頼できるデータは現在のところ全くありません。もちろん上述の研究データをそのまま流用して判断することは正しくありません。
 ②上記に引用した結果からは、この28-8抗体による特定の診断薬キットを用いたIHCはニボルマブ投与可否の事前判定に必須ではないと判断されます。なぜなら、PD-L1の発現が1%未満の非扁平上皮癌であっても標準治療と同等の効果が期待できるからです(上記2))。

3.ニボルマブ治療に際してのIHCの実施についての注意事項
 ニボルマブ投与可否の判断には必須ではありませんが、一部の臨床医や患者からはこのような治療効果予測に有用な可能性のあるバイオマーカーを測定して欲しいという要望もあります。エビデンスに基づいた効果予測の情報が提供されるためには、上述の特定の診断薬キットによるIHCとその適正な基準による評価が必要です。現在市販ですでに入手可能な研究用抗体はいくつか知られていますし、検出系も種々ありますが、他の試薬を用いた場合、抗体試薬間の反応性や推奨される評価基準やその評価再現性に大きな差があることは報告されているところでもあり****、研究目的に御施設で染色される場合でも、くれぐれも注意深い評価とデータ解釈や取扱いをお願いします。
****Kerr KM, et al., J Thorac Oncol 10:985-9, 2015

4.推定される今後の動向
 今後おそらく数年以内に、海外とくに米国でのFDA承認を追う如く複数の異なるPD-1/PD-L1治療薬が次々と国内で薬事承認申請されると見込まれています。それぞれに対応して上市される診断用IHC抗体試薬について、相互の「読み替え」の実現可能性や運用ガイダンス作成も視野に入れ、現在国内でいくつかの多施設共同臨床研究が計画されており、またすでに海外でも関連の研究は先行しているようですので、本学会としてもそれらの結果を注視していく必要があります。
5. より詳しくお知りになりたい方へ
 日本病理学会・日本肺癌学会がともに開発企業や規制当局(PMDA)を含めた関係者と合同会議を開催して情報共有を行い、今後これらの有望な薬剤をどのように混乱や遅滞なく、また適正に使用していくかについての意見交換を行っています。その会議の概要やこれからのアクションプランについて、日本肺癌学会のホームページに会議録として公開されていますので、下記URLをご参照ください。
https://www.haigan.gr.jp/modules/kaiin/index.php?content_id=51
 また、同学会ホームページには関連する他の情報も提供されていますので参考としてください。
https://www.haigan.gr.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=99

おわりに
 本件に関連した情報は時々刻々変わっていく可能性があり、今後も当委員会として本学会会員に資する情報を随時提供するように努めたいと思います。