第3部 ホルマリン固定パラフィン包埋標本の適切な作製・保管方法

DNA・RNA・タンパク質等の変性を最小限にし、高い品質を保持して長期の保管を可能にし、将来に亘って広汎な解析に供せるよう汎用性を最大にすることを目指し、ルーチンの病理診断に加え、ゲノム研究等にも供し得るホルマリン固定パラフィン包埋標本の適切な作製方法を以下に定める。

手術検体・生検検体のホルマリン固定パラフィン包埋標本は、主としてルーチンの病理診断のために作製される。特に研究に供する目的でルーチンとは別にパラフィン包埋標本を作製する施設においても、手術検体の固定・切り出し等の工程はルーチンの取り扱いと不可分である。よって、各施設において病理診断のためにホルマリン固定パラフィン包埋標本を作製する常法を尊重する一方で、可能な限り本規程の推奨する事項を盛り込むことを求める。

凡例

(E)
(A)よりもさらに高い品質等が期待できる場合があるが、作業量が過大である等のため、必須とは言いがたい事項
(A)
推奨される事項
(B)
(A)が実施不可能である場合に次に推奨される事項
(N)
回避すべき事項
(L)
法令等により規定されている事項

【摘出から固定まで】

  1. 摘出後は可及的に速やかに固定液に浸漬し、固定を行う (A)
  2. 直ちに固定の行えない施設にあっても、摘出臓器は冷蔵庫 (4℃)等に保管し、3時間程度以内に固定を行うことが望ましい (B)[実証データ ①]

注: 摘出臓器を30分以上室温で保持することは極力回避する (N)

  1. 固定不良は回避しなければならない (N)

注: 固定不良はDNA・RNA・タンパク質の質を極端に低下させる。

注: 一般的な固定液であるホルマリンの浸透速度は1mm/時間程度であることを考慮し、必要な固定時間を確保する必要がある。固定前に、切り出しまでに充分な固定が行える程度の厚みまで、適切に入割することが必要である (A)

【固定液の濃度と種類】

  1. 非緩衝 (酸性ホルマリン溶液)ではなく、中性緩衝ホルマリン溶液を固定に用いることが望ましい (A)[実証データ ①][実証データ ②]
  2. DNAを抽出して遺伝子変異解析を行うこと等を主眼に考える場合は、20%ホルマリン (7%ホルムアルデヒド)よりも、10%ホルマリン (3.5%ホルムアルデヒド)を固定に用いることが望ましい(A)[実証データ ①][実証データ ②]

注: 但し、RNAを用いた解析のためには、20%ホルマリン (7%ホルムアルデヒド)を用いる等して、DNAを用いた解析の至適条件に比してより充分な固定を行う方が、恐らくRNaseが完全に失活する等するため、良好な解析結果が得られる場合がある。[実証データ ③]
従って、試料利活用研究の目的に応じて、固定条件を選択すべきである。

注: ホルマリンを含まない組織固定液が複数種開発され、市販されている。組織学的観察に充分耐え [実証データ ④]核酸・タンパク質等の保存にすぐれることが確認されている市販品もある。[実証データ ⑤][実証データ ⑥]
尚、ホルマリンを含まない組織固定液を用いる場合も、RNAの解析のためには、DNAの解析の至適条件に比してより充分な固定を行う方が、良好な解析結果が得られる場合がある。[実証データ ⑦]

作業量は過大となるが、ホルマリンを混入させずに稼働可能な標本作製装置を有する等し、関係者の合意が得られた施設においては、研究に供する目的で、ルーチンのホルマリン固定パラフィン包埋標本とは別に、ホルマリンを含まない組織固定液で固定したパラフィン包埋標本を作製することも推奨される (E)

【固定時間】

  1. 過固定を回避し、こまめに切り出しを行うことが望ましい (A)。手術の翌日 (24時間以内)に切り出しを行うことが最も望ましいが (E)術後3日以内であれば核酸等のかなり良好な保持が期待できる (A)[実証データ ①][実証データ ②][実証データ ③][実証データ ⑧]

注: 1週間を超えるホルマリン固定は回避することが望ましい (N)[実証データ ⑧][実証データ ⑨]

【未染標本の取扱い】

  1. 一般に、未染標本からの核酸抽出は薄切後可及的に速やかに行うことが推奨され、研究の必要から一定期間未染標本を保存する際には4℃に保管すべきとも考えられている。但し、極端に長期間でなければ、室温に保管しても核酸の品質には概して影響を与えない。[実証データ ⑩]
  2. 未染標本のパラフィンコートを行う施設が少なくない。未染標本表面のパラフィンコートにより、塵埃や物理的損傷を軽減できるが、核酸の品質には概して影響を与えない[実証データ ⑩]

注: 未染標本をパラフィンコートした場合、解析時には厳重に脱パラフィンを行う必要が生じる。[実証データ ⑩]

注: 未染標本をパラフィンコートしなくても、免疫組織化学的検討に特段の支障がない場合がある。[実証データ ⑪]

  1. 研究の必要から一定期間未染標本を保存する際には、直射日光への暴露等極端な悪条件は避けるべきである (N)

【脱灰】

  1. 硬組織を含む検体をゲノム研究に供する可能性がある場合には、急速脱灰(Plank-Rychlo法)を回避し (N)EDTAによる緩徐脱灰を行うべきである (A)[実証データ ⑫]