ゲノム研究用病理組織検体取扱い規程策定にあたって

ゲノム等オミックス解析技術が長足の進歩を遂げつつある今日にあっては、臨床試料の解析に基づくデータ駆動型研究が、疾患発生・進展・治療応答性等の分子基盤を明らかにして、バイオマーカー開発や創薬標的同定に帰結すると期待されている。特に、癌等の疾患の現場から採取された病理組織検体の解析は、ゲノム医療実現のために不可欠である。検体に付随する詳細で正確な臨床病理情報とならんで、病理組織検体の質は、このようなデータ駆動型研究の成否の鍵を握っている。適切に採取・保管された病理組織検体は、信頼に足る高い品質の解析を可能にして、予防・診療に資する知見を生み出す。このような病理組織検体を、多くの医学研究者に提供できるようにするため、諸施設でバイオバンクを整備・運営しようとする動きも盛んである。他方では、適切に採取・保管されなかったために質のばらつきの多い検体で解析を行い、解釈不能なアーティファクトに難渋する研究者や、質の高い検体を揃えようとの意欲を持ちながら、適切な方法がわからず難渋するバイオバンク実務者も少なくない。そこで、一般社団法人日本病理学会は、ゲノム等オミックス研究に適した質の高い病理組織検体を全国のバイオバンク等で充分数収集できるようにするため、『ゲノム研究用病理組織検体取扱い規程』 (以下、本規程)を定める。

本規程は、第1部「研究用病理組織検体の適切な採取部位」、第2部「凍結組織検体の適切な採取・保管・移送方法」、第3部「ホルマリン固定パラフィン包埋標本の適切な作製・保管方法」よりなり、特に第2部・第3部は実際に種々の条件で病理組織検体を採取・保管した豊富な実証解析データに基づいて編集した。このような実証解析は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構委託事業「オーダーメイド医療の実現プログラム」の一環として行った。日本病理学会ゲノム病理組織取扱い規約委員会 (委員長 金井弥栄)に所属し、各施設においてバイオバンクの構築・運営に従事しかつ分子病理学研究を行う日本病理学会員が主体となって、第2部・第3部のための実証解析を進めた。日本病理学会ゲノム病理診断検討委員会 (委員長 小田義直)の委員は、第1部の編集にあたった。さらに、本規程を広く我が国のゲノム研究に資するものとするため、バイオバンクジャパン (BBJ)・ナショナルセンターバイオバンクネットワーク (NCBN)・国立病院機構 (NHO)・日本臨床腫瘍研究グループ (JCOG)・日本小児がん研究グループ (JCCG)・日本癌学会 (JCA)を代表する委員よりなる「ゲノム研究用試料に関する病理組織検体取扱いガイドライン審議会 (委員長 中釜斉)」による審議・承認を経ている。

本規程は、病理組織検体の収集・保管の方法を具体的に記述した実用の書であり、実証データを参照することで各施設の実情にあった取扱い方法を選択して頂けると考えている。本規程は、冊子・webページ (https://genome.pathology.or.jp/index.html)等で公開するとともに、近く本規程内容の理解を助けるe-ラーニングシステムを開講する予定である。さらに、ゲノム病理標準化センター (http://genome-project.jp)では、本規程に準拠した実習を含む講習会を定期的に開催している。これらの機会を通して、我が国の病理医・臨床医 (特に研修医等)・臨床検査技師・バイオバンク実務者の方々に、病理組織検体の取扱い方に精通して頂ければ幸いである。また研究者の方々には、病理組織検体の収集にかかる労力を理解し、各検体の特性を熟知して、解析に臨んで頂くよう期待する。本規程を、データ駆動型研究の推進とゲノム医療の実現のためにご活用頂くようお願いしたい。

平成28年3月1日

一般社団法人日本病理学会 理事長 深山正久
ゲノム病理診断検討委員会委員長 小田義直
ゲノム病理組織取扱い規約委員会委員長 金井弥栄