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ホルムアルデヒドの健康障害防止について-医療機関として-

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日本病理学会 剖検・病理技術小委員会 谷山清己
日本医科大学千葉北総病院 病理部 清水秀樹
日本病理学会 医療業務委員会 根本則道

1 はじめに  
医療機関では、ホルムアルデヒド(以下FA)や消毒・滅菌剤などの有害化学物質を使用しています。その取り扱いは、医療従事者(医師、看護師、検査技師、薬剤師など)の健康障害防止のため労働安全衛生関係法令により規制されています。
医療機関では、臓器・組織の固定に際して、病理医、臨床検査技師、臨床医師や看護師などがFAの保管、分注、組織の浸漬、容器の洗浄作業などを行っていま す。このときに生じるFAガスの低濃度、長期曝露によって生じるシックハウス症候群様の健康障害が問題となっています。さらに、このFAは「平成18年度 化学物質による労働者の健康障害防止に係るリスク評価検討会」で、高濃度長期曝露により鼻咽頭癌を発生させる発がん性物質であることが指摘されています。 このような事柄を踏まえ、行政はFAを特化則第3類から特定第2類への変更し、管理濃度未設定から0.1ppmに設定しました(特化則 平成20年3月1 日から施行・適用)。また日本産業衛生学会では、許容濃度を0.5ppmから0.1ppmに変更して健康障害防止対策の強化に乗り出したところです。特化 則第3類から特定第2類に変更されることにより、発生源を密閉する装置または局所排気装置などを設け、作業環境気中濃度を一定基準以下に抑制し、慢性的障 害を防止すべき物質としてFAが位置づけられることになります。その結果、作業環境測定の実施や健康診断の実施など、特化則に沿った対策が必要となりま す。各医療機関は、FAによる医療従事者の健康障害を低減する対策を積極的に行うことが望まれます。
*特定化学物質障害予防規則 以下 特化則 、有機溶剤中毒予防規則 以下 有機則、労働安全衛生規則 以下安衛則と呼びます。
*特定第2類:第2類と第3類の両方の措置が必要となる物質


2 事業者が講ずべき措置(安衛法 第3条) 
事業者は、病理標本作製のためFAを使用する部署(病理部(病理診断科)、検査室、内視鏡室、手術室など)における作業環境を第1管理区分になるように、 以下の措置を講ずることが必要です。労働安全衛生法では事業者が講ずべき措置とされていますが、実際には職長級の職にあたるものが、設備、体制を構築して いくことが望まれます。また、それらは、(安全)衛生委員会(安衛法18条)の適性な運営を行うことで、より効果的で法令に沿った対策が可能となります。
*管理区分とは
作業環境測定の結果に対し、管理濃度(FAは0.1ppm)を評価基準とし下記の要領で区分することで環境維持、改善の判断に役立てます。
第1管理区分 作業環境管理が適切な状態.(FA管理濃度以下)
第2管理区分 作業環境管理に尚改善の余地があると判断される状態
第3管理区分 作業環境管理が適切でないと判断される状態 (管理濃度を超えている)

(1)リスクアセスメント(危険作業の洗い出し)の励行(安衛法 第28条の2)
医療機関におけるFAガスの発生源は、多岐にわたります。従って、FAガスの発生源を特定することが重要です。この場合、空気中FA濃度の自主測定を積極的に行い、客観的なデータに基づき判断することが大切です。

(2)作業環境測定 (特化則第36条~第36条の4)
FAを取り扱っている作業場では、空気中のFAの濃度を測定することが義務付けられています。定期の作業環境測定には特化則に定められた方法で行わなくて はいけませんが、その他の測定(自主測定)では、ガス検知管法などによる簡略な方法でもかまいません。設備の新設・更新、作業工程、作業方法の変更などが あった場合には、必要に応じて作業場所の濃度の測定(自主測定)を行うことが決められています。
*定期の測定:6ヶ月以内に1度 作業環境測定士(国家資格)による測定をしなければいけません。

作業室空気中にFAガスが発散しているおそれがある場合としては、以下が想定されます。
ア. 目、鼻、のどへの刺激を感じる者がいる。
イ. FAガスを多く発散すると考えられる臓器や器具が、密閉・隔離されていない。
ウ. 屋内の換気が不十分。

(3)濃度低減のための措置
上記(1、2)の結果、当該作業場の作業環境が第2管理区分、第3管理区分の場合には、次に掲げる措置のうち、ただちに当該作業場において有効な措置を講ずることにより、当該濃度を超えないようにすることが必要です。
ア. 刺激性・有害性の少ない代替物質への変更
イ. FA発生設備の密閉化
ウ. 遠隔操作の導入・自動化
エ. 局所排気装置、プッシュプル型換気装置または全体換気装置の設置(特化則5条、7条)
オ. FAの発散しにくい使用条件への変更
カ. FAへの労働者の曝露を低減させる作業工程または作業方法への変更
キ. 有効な吸着剤などの使用
なお、濃度低減の措置は「ただちに」行うべきですが、例えば局所排気装置の設置であれば、一定の日数を要します。その場合、当面の措置として有効な呼吸用 保護具や保護めがねなどを使用することにより、医療従事者のFA曝露防止を図らなければなりません。尚、第1管理区分の場合であっても、それぞれの作業の 形態などに応じて有効な呼吸用保護具や保護めがねなどを使用して下さい。FAに曝露される作業時間の短縮に配慮することも大切です。

(4)健康管理(安衛則45条、51条、51条の4、52条)
特定業務従事者健康診断により6ヶ月以内に1度、定期に一般健康診断を行なわなくてはいけません。 FAによる低濃度・長期曝露による健康障害は自覚症 状、他覚症状から始まる事が多いため、健康診断において医療従事者は、自覚症状、他覚症状の有無を健康診断票に記載し、過去のデータと照らし合わせ健康管 理を行います。

(5)就業上の措置
シックハウス症候群に関連した症状や慢性中毒症状を訴える医療従事者に対しては、産業医などの意見に基づき、就業場所の変更などの必要な措置を講じること が必要です。この場合、必要に応じてシックハウス症候群について詳しい医師や医療機関などの意見を参考にすることが大切です。ただし、就業場所の変更はあ くまでも非常事態であって根本的な解決には至りません。適切な対策をとらなければ障害を増やすことにつながります。

(6)特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習の受講
医療機関においても試験研究の場合を除いて作業主任者を置くことになっています。作業主任者は上記技能講習修了者の中から事業者が選任するものですが、作 業主任者の選任にかかわらず、関係者は、工学的対策、安全に作業を行う体制の構築、法令(特化則)に沿った対策を行うために積極的に技能講習を受講し、そ の知識、技術を駆使しFAの健康障害防止対策を行うことが望まれます。また、医療機関全体においても衛生委員会などに受講修了者を配置し、内視鏡室、手術 室を含めた病院内もしくは検査所全体の有害化学物質(FAや消毒薬など)による健康障害防止策に関与することが望まれます。

(7)保護具など(特化則43条)
漏洩によるFAガスの室内充満により、呼吸困難を惹起する可能性があります。急性中毒防止のために、防毒マスクの設置、FA中和剤を常備しておく必要があります。また、危険回避のためにもFA作業場は窓のある場所が適切です。

(8)相談・支援体制の活用
FA濃度の低減のための措置に関する相談・支援体制(日本病理学会など)を積極的に活用することが望まれます。

(9)労働安全衛生教育の実施(安衛法59条、60条の2)
FA使用者、管理者が教育の必要性を知ることが重要です。
1目的
FAの健康障害予防対策の一環として、FA業務に従事する者に対し
(1) FAによる疾病および健康管理
(2) 作業環境管理
(3) 保護具の使用方法
(4) 関係法令
などについての知識を付与することを目的とします。
2 実施者
FA業務に医療従事者を就かせる事業者が自己の負担で行います。講師はこの方面に十分な知識、経験を有する者に依頼することが大切です。
3 対象者
FAを使用する労働者や職長。
4 実施時期
実施時期は、FAを使用する業務に就かせる前です。ただし、現にFA使用業務に従事している医療従事者であって本教育を受けていないものについては、順次実施するものとします。また、事業者および職長などが必要と認めたときも実施するべきです。


付.開業医・内視鏡室・外来などのFAを少量扱う作業場におけるFA取り扱いについて
作業場のFA気中濃度を上げないため、局所排気装置などの工学的な対策も大切ですが、作業方法の工夫も大切です。
(1)固定容器の蓋を開け放しにしない。固定するときだけ蓋をあける。固定を終えたら速やかに蓋を閉めること
(2)小分け、分注作業は作業場で行わないこと
(3)作業場には必要量のみ置くこと
(4)FAが付着したガーゼなどはビニール袋に入れ、その後、蓋付きごみ箱に捨てること。
(5)FAが付着した容器、器具の洗浄は水を用いること。(お湯で洗うとFAの発散がおきるため)
(6)FAの吸着剤を効率よく利用すること
などを行うことにより、FAを発散させないことが大切です。
そして、上記対策が、その作業場で適切であるか否か環境測定を行い評価します。

注)作製した資料の中の法令的な部分については、厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課化学物質評価室の指導を受けつつ作製しました。また、本資 料は、特化則のすべてを網羅しているものではなく、医療現場で特に実践すべき部分を中心に整理しました。労働安全衛生関係法令を身近な問題としてとらえや すくするため、法律上「労働者」と表現されている医師、看護師、臨床検査技師、薬剤師などを、法律上の解釈が損なわない範囲で、「医療従事者」と記載して います。改正された特化則の詳細については、都道府県労働局または所轄労働基準監督署等に問い合わせてください。