近年,悪性腫瘍の病理組織・細胞検体を用いた体細胞遺伝子検査は急増しており,今後は次世代シークエンサー等の新規技術を用いたゲノム診断(遺伝子パネル検査)の臨床導入が見込まれています.一般社団法人日本病理学会(以下,本学会)では,ゲノム等オミックス研究に適した質の高い病理組織検体を全国のバイオバンク等で収集できることを目指して『ゲノム研究用病理組織検体取扱い規程』(以下,研究用規程)を2016年3月に策定し,我が国の病理医・臨床医・臨床検査技師・バイオバンク実務者における病理組織検体の取扱い指針を示しました.これに続き本学会では,ゲノム診断検討委員会および医療業務委員会の連携のもとワーキンググループを設置し,今後日常診療下での実施が想定されるがんゲノム診断での使用に耐えうる病理組織・細胞検体に関する『ゲノム診療用病理組織検体取扱い規程』(以下,診療用規程)を策定することとしました.
本診療用規程では,ゲノム診断で要求される病理組織・細胞検体のうち,とくに最も利用が見込まれ,検体の取り扱い方法により検体の品質差が生じやすいホルマリン固定パラフィン包埋(formalin-fixed, paraffin-embedded; FFPE)検体の適切な作製・保管方法について示しています.本診療用規程が,がんゲノム医療中核拠点病院や連携拠点病院をはじめとする実際の診療にゲノム情報を用いる医療機関のみならず,日常業務下で作製される病理検体が今後のゲノム診断に供される可能性のあるすべての医療機関の病理医や病理技師,さらには検体採取にかかわる臨床医を対象とした実用の書となるよう心がけました.なお「ゲノム診療」の対象範囲については,今後の技術革新や知見の集積,ゲノム診療環境の整備状況等を踏まえ刻々と変化していくことが想定されるが,現時点では,医薬品の投与可否判定等の診断に用いられることを重視し,「コンパニオン診断薬等に該当する体外診断用医薬品の製造販売承認申請に際し留意すべき事項について」,もしくは「遺伝子検査システムに用いるDNAシークエンサー等を製造販売する際の取扱いについて」に基づき薬事承認され,保険診療下ですでに実施されている製品(体外診断用医薬品および医療機器),もしくは「がんゲノム医療推進コンソーシアム懇談会 報告書」で示された制度設計のなかで,今後承認および保険診療下での実施が想定される製品で適用可能となる検体品質と位置付けています.本診療用規程の初版では,現在臨床研究等で用いられている高い網羅性を有する遺伝子パネル解析やエクソーム解析等で要求される検体品質については副次的な取扱いとしましたが,今後薬事承認および保険適用等の状況を踏まえ,適時改訂・更新を行う必要があると考えています.また本診療用規程では,その根拠となる実証データを合わせて呈示しています.当該データの取得にあたっては,当学会において実施した検討のほか,複数の公的研究プロジェクト(研究班)および複数のゲノム診断関連企業の協力を得ております.
本診療用規程は,日本病理学会およびその他関連学会が行うがんゲノム診療従事者向け教育・研修プログラムでの教育ツールとしても利用される予定です.本診療用規程が,今後本格的にゲノム診断を用いた病理診断および日常業務の一助となることを期待しています.
平成30年3月1日
一般社団法人日本病理学会
理事長 深山 正久
ゲノム診療用病理組織検体取扱い規程策定
ワーキンググループ委員長
小田 義直