2005年4月アーカイブ

2005年4月 1日

患者に由来する病理検体の保管・管理・利用に関する日本病理学会倫理委員会の見解

平成17年4月

社団法人 日本病理学会 理事会・倫理委員会

病理学は医療の精度管理のみならず、医学研究の促進、医学教育において重要な役割を果たしている。病理部門には細胞診断、生検あるいは手術から得られた検体が保管されている。病理医は高い職業倫理観とプロフェッショナルとしての高度な業務遂行能力を発揮し、これら病理検体を整理・保管し、適切利用に供する責務を有している。


日本病理学会は平成14年度に以下の見解を提示した。


「病理検体の保管は患者の尊厳とプライバシーが保護される形でなされなければならない。これらの配慮は診断書、顕微鏡標本、パラフィン・ブロックあるいは肉眼写真についてもなされる必要がある。


なお、病理組織診断終了後の臓器・組織あるいは顕微鏡標本は患者本人に帰属する。従って、返却を求められた場合は、それに応じる必要がある。」


「生命倫理」や「医の倫理」は時代や社会の変遷により変化するものであるが故に、絶えず検証・評価を重ねる必要がある。このため、日本病理学会倫理委員会では外部委員を加え、検討を重ねた。その結果、現時点における病理医の医療における任務、社会に対する責務を考慮すると、平成14年度見解は必ずしも適切とは見なし得ないとの結論に達した。


現時点では病理検体(細胞診断、生検および手術に由来する検体)の保管・管理・利用に関し、以下の如く思慮される。


「検体由来者である患者やその家族から病理検体の全部あるいはその一部の返還要請があったとしても、正当な利用や適切な管理が担保されない限り、返却・譲与すべきではない。医療機関あるいは病理医としての業務遂行、すなわち病因と病態の解明に支障が生じ、加えて、公序良俗に反する可能性が否定できないからである。」


【日本病理学会倫理委員会における議論の前提】


1.本見解は細胞診断、生検および手術に由来する検体を対象としており、病理解剖から得られた検体には適用しない。


2.病理検体を以下の2群に区分けして議論を進める。


病理臓器:未固定および固定された細胞、組織、臓器であり、病理部門でさらなる加工が加えられていない(凍結ブロックを含む)。なお、病理臓器は感染性廃棄物として取り扱われる。


病理標本:病理部門で加工された全ての標本を含む。これには電子顕微鏡/パラフィン・ブロック、プレパラート、肉眼・顕微鏡写真などを含む。


3.「病理臓器」および「病理標本」を医学教育、病理業務の精度管理あるいは医療監視(medical audit)に利用することは、本来の病理業務であり、目的外使用にあたらないが、社会の理解を得る不断の努力が必要である。


4.病理検体を用いた研究は、日本病理学会理事会が平成12年11月に提示した如く、 その必要性、重要性に鑑み、今後も積極的に促進されるべきである。なお、全ての臨床研究が倫理審査の対象となるが、適切な手続きを経る限り、研究を阻害するものではない。


5.症例報告のあり方に関しては、既に日本病理学会として指針(「症例報告における患者情報保護に関する指針」、平成13年11月26日)を提示しており、原則として倫理審査の対象としない。


6.病理検体の保管・管理・利用に関する諸問題に関しては、倫理委員会から日本病理学会に問題提起し、会員が認識や見解を共有した後、それを社会に発信し、その反応 を勘案しながら、学会としての見解を公にすべきである。


【倫理委員会における議論と日本病理学会への提案】


1.「病理臓器」は病理診断が確定した後に検体由来者や家族などから返却要請があった場合、正当な理由があれば、返却することがありうる。


2.病理診断に用いられた「病理標本」は保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年4月30日)に規定される「診療に関する諸記録」と見なすべきであって、一定期間、病院ないし施設で保管の義務を有するものと考えられる。従って、検体由来者や家族などの返却要請があったとしても、必ずしも返却の義務は負わない。


3.「病理臓器」、「病理標本」は何れも検体由来者や家族から病院長もしくは施設長が「信託(trust)」を受けており、適正に管理する義務を負うと思慮される。管理責任者である病理医は二者を不適正に(恣意的に)用いることは許されない。


4.信託を受けるには、検体由来者あるいは家族や代諾者から書面による承諾が必要である。


承諾書には、


1)「病理臓器」は一定期間、ブロックは半永久的に保管されること。


2)医学教育や病理業務の精度管理の他、医学研究にも使用すること。


3)ゲノム遺伝子解析研究に利用する際にはヒトゲノム遺伝子解析研究に関する倫理指針に規定された倫理委員会の審査を別途受けること。


などを明記する。


参考:保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年4月30日)


第九条:保険医療機関は、療養の給付の担当に関する帳簿及び書類その他の記録をその完結の日から三年間保存しなければならない。ただし、患者の診療録にあっては、その完結の日から五年間とする。

カテゴリ

このアーカイブについて

このページには、2005年4月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2005年1月です。

次のアーカイブは2005年7月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。